『マンガの原画´(ダッシュ)』プロジェクト

2001年度~2005年度

平成13年度~平成17年度
私立大学学術研究高度化推進事業(オープン・リサーチ・センター)研究成果報告書
京都精華大学表現研究機構のあゆみ 2001-2005 より

(1)研究プロジェクトの目的・意義、計画の概要および研究成果


図録『竹宮恵子の世界展』
(2006年1月 徳島県立文学書道館刊)

戦後日本のストーリーマンガは、複製大量印刷技術と広域流通を前提とした、文字どおりのマスメディアである。同時に、他の出版物と比べても薄利多売のための戦略が強調されているため、特に雑誌では粗悪な紙の使用や煩雑な綴じ方もしばしばである。したがって印刷状態もまた原画に忠実なものが読者に提供されるわけではなく、昭和20年代には原画を別の職人がトレースするような工夫もなされていたほどである。

翻って、近年の電子機器や印刷技術の発達によって飛躍的に複製印刷のクオリティが向上した現在、原画の代わりに複製画を印刷に使用する例も増えている。この機器と技術を用いて、作者本人の許認可のもと、ほぼ原画と違わない存在感を持たせられるならば、出版物のみならず研究資料としてのマンガ原画の活用を広げることが可能であるとの考えから、この「ほぼ原画=原画´(ダッシュ)」の制作を開始した。現在までに、本研究所研究員でありマンガ家の竹宮惠子をはじめ、少女マンガの黎明期を支えた上田としこ、上原きみ子、水野英子らの作品による制作を重ね、それぞれを「少女マンガの世界」と題した展示会において公表した。

一方、現在に連なるマンガの展覧会を本格的に進めることになった画期は「手塚治虫展」(東京国立近代美術館、1990年)であるが、それ以降の複数の展覧会に対して、複製大量印刷物であるマンガを原画中心に展示することに、どれだけマンガの現実を伝える効果があるのかという疑問・批判が相次いできた。

このような見方も含め、従来のマンガ展覧会の在り方を問い直す試みとして、完成原画だけでなく下描き原稿までを含めた展示を実施。また、開催期間中に展示に参加した作家の原画に対する思い入れやその活用方法の拡充について、講演セミナーや対談を行った。とりわけ、2004年度には座談会「証言・黎明期の少女まんがと作家たち」を開催し、作家のみならず当時の作風に影響を与えた編集者の立場からも、少女まんがの文法の成り立ちについて話を伺うことができた。

なお、各年度の主な活動は以下のとおりである。


「竹宮惠子 原画´(ダッシュ)展)」
(2002年10月~11月)
2001年度
①先行マンガ展覧会のパンフレットなどの資料収集
②原画´のコンセプトおよび技術的問題点の確認
③原画´現物の制作実験

「竹宮惠子 原画´(ダッシュ)展」
展示会場
2002年度
①「竹宮惠子原画´(ダッシュ)展」

日 時:10月12日(土)~11月9日(土)10:00~16:00
場 所:京都精華大学表現研究機構叡山閣 叡山閣ギャラリー
入場者:のべ598名

②講演セミナー 第1回

テーマ:「少女マンガにおけるマンガ表現の発展―少女マンガ黎明期①」
日 時:10月12日(土)13:00~15:00
場 所:京都精華大学表現研究機構叡山閣 大広間
講 師:竹宮惠子(本学マンガ学科教授)
参加者:30名

③講演セミナー 第2回

テーマ:「少女マンガにおけるマンガ表現の発展―少女マンガ黎明期②」
日 時:11月9日(土)13:00~15:00
場 所:京都精華大学表現研究機構叡山閣 大広間
講 師:竹宮惠子
参加者:83名

2003年度
「竹宮惠子原画´(ダッシュ)展」

日 時:8月22日(金)~9月1日(月)10:00~18:30
場 所:新宿紀伊國屋画廊
入場者:のべ1,244名

2004年度
①「原画´(ダッシュ)展 少女漫画の世界PARTⅡ」

日 時:8月26日(木)~9月6日(月)
場 所:新宿紀伊國屋画廊
展示作家:上田としこ、上原きみ子、竹宮惠子
入場者:のべ964名

②よりぬき「原画´(ダッシュ)展 少女漫画の世界PARTⅡ」

日 時:11月19日(金)・20日(土)11:00~17:00
場 所:京都精華大学春秋館ギャラリー
展示作家:上田としこ、上原きみ子、水野英子、竹宮惠子
入場者:約200名

③公開座談会「証言・黎明期の少女まんがと作家たち」

日 時:11月19日(金)13:00~16:00
場 所:京都精華大学春秋館201教室
出演者:水野英子、巴 里夫、望月あきら(以上マンガ家)
丸山 昭(元講談社編集長)、ヤマダトモコ(少女マンガ研究)
竹宮惠子、吉村和真(本研究所研究員)
参加者:約150名
主催:少女まんがを語る会、京都精華大学表現研究機構マンガ文化研究所


「原画´(ダッシュ)展
少女漫画の世界PARTⅢ」座談会
(2005年8月)
2005年度
①「原画´(ダッシュ)展 少女漫画の世界PARTⅢ」

日 時:8月20日(土)~8月29日(月)10:00~18:30
場 所:新宿紀伊國屋画廊
展示作家:水野英子、佐藤史生、竹宮惠子
入場者:のべ813名

②「竹宮惠子の世界展」 (後援)

日 時:1月7日(土)~3月3日(金)9:30~17:00
場 所:徳島県立文学書道館

(2)研究活動の評価と展望

優れた成果があがった点

通常の原画や美術品による展覧会と比較して、出品物に対する過度の負担(保険)や警備などを必要としないため、展示期間や回数・出品数または諸経費の調整が簡便で円滑である。また、これによって、単に企画準備が簡易になるだけでなく、完成原画や下描き原稿の資料的価値を余すところなく披瀝できるため、作者の試行錯誤の過程や視覚表現としてのマンガの特性をつぶさに検証できる。

問題点

マンガ家の弘兼憲史が訴訟を起こし最近話題となった「さくら出版原稿流出事件」は、作家・出版社・古本業者間において、マンガ原稿の取り扱いを巡って大きな温度差があることを明るみにした。それによって「漫画原稿を守る会」(代表:弘兼憲史)も設立され、その運動経緯をまとめた書籍も出版された。
極めて原画に忠実な原画´は、本人による確認サインを記すにせよ、そのために真贋の鑑定が困難であり、今後の進展に際しては第三者に悪用される危険も孕んでいる。そのことを念頭に置きつつ、原画の持つ意味や価値、複製技術使用のマナー、マンガ文化の可能性と問題などのテーマについて、議論の場を設けるなどして現状把握の共有をはかり、原画´の存在と目的を広く敷衍したい。

研究期間終了後の展望

原画´が持つ可能性と課題については、まだ実験段階ということもあり、継続的に議論を重ねる必要がある。これまでは少女マンガ作品が中心だったが、歴史資料としての意義に鑑み、今後は少年・青年・大人マンガに携わる作家にも協力を呼びかける予定なので、その管理に関しては最大限の注意を払わねばならない。また、これまでのところ原画´の絵画的価値を重んじて主にカラー原画から制作してきたが、今後はモノクロの、特に下描き原稿を増やす予定であり、完成品ではなくマンガの制作過程に即した研究資料としての活用の仕方もさらに幅を広げることになると思われる。
マンガの国際化が進み、原画の市場価値が高騰する昨今の動向を把握しつつ、それらの関心に適応できる原画´の活用方法と問題点を議論するための研究会を今後も重ねていく。

研究成果の副次的効果
徳雅美(カリフォルニア大学チーコ校准教授)の企画・運営により同校ほか北米の大学5校を巡回して開催される少女マンガ展覧会に技術協力・制作協力を行い、「原画´」を活用しての展覧会の実現に至った。


研究発表の状況

○図書
  図録『竹宮惠子の世界展』
  (徳島県立文学書道館、2006年1月7日、総頁数72)

○その他
  竹宮惠子「『原画´(ダッシュ)』と複製芸術としてのマンガ」
  (『Htwiヒッティ』第24号pp.49~71、メディアアート出版、2004年3月20日)



原画’(ダッシュ)という試みの意義について
●何であるかということ

 これは原画の現状をそのままアーカイブする試み。原稿の汚れや欠損もそのま まに再現し、用紙のニュアンスや手塗りのムラをも可能な限り再現する。不思議 なことに色をぴたりと合わせると、そうしたニュアンスも再現される。原稿が作 られた時代・作者の愛情・印刷への過程…作者の手元にしかない情報を生原稿は 如何に雄弁に語ってくれることか。原画’(ダッシュ)によって、それは作者の 手元から人々の前に姿を現す。

●何のために始めたかということ

 原画については資料のまだ乏しい京都精華大学マンガ文化研究所に、印刷物で はない原画と同じくらいの説得力を持つ原画’を収集できないかと考えた。原画 を大切に手元に保管する作者から、原画を借りて研究所で制作し、出来るだけ多 くを所蔵させていただく。そのことによって、京都精華大学のマンガ学科学生も 生原稿の持つ多大な情報から、自分の欲しい情報を得ることが出来る。偉大な先 輩達の原稿から学ぶことは数多いはずである。

●どんなことに役立つか

 原画’は光や水に強い。そのため長期間の展示、場所を選ばない展示が可能で ある。原画は展示のためには作られていないため、1週間の展示でも退色の怖れ がある。その点原画’であれば、展示・運搬の際にも安心感がある。最近では中 国や欧州からの原画展要請が多くなってきているが、その際にも原画’なら安心 して貸し出すことができる。もちろん、その場合には相手に「原画」ではなく 「原画’」だと告げる必要があるが。

 また、原画’は原画の代わりとしてそのまま印刷の行程に持ち込んでも、全く 遜色がなく、むしろ一度色分解されているがゆえに、そのままの色がより再現し やすいものとなっている。そして原画を印刷工程に持ち込んだ場合の、紛失欠損 の危険をも回避することができる。

●考えられる利用範囲

 現在はまだ3名の漫画家から、約20点ずつの原画’を所蔵するに過ぎないが、 年間3~4名のペースでこれを増やしていきたいと考えており、主旨に賛同して いただける方々を募りながら、所蔵物を増やしていきたいと考えている。全国各 地にあるマンガ博物館・個人美術館などから、もし希望があれば貸し出しをした り、あるいは注文を受けて作家のOKが出れば、原画’を制作して所蔵していた だくことも可能である。場合によっては個人の希望者にも。

●注意しなければならない点

 本来の目的は原画のアーカイブであって、原画と似たものを数多く作ることは 避けるべきことと考える。上記の場合にも、希望者の特定・選別に努め、最終決 定権は著作権者におく。展覧会開催時にも必ず著作権者に許可を得ることとし、 漫画家自身の持つ著作権を脅かすことのないように務める所存である。

●今後の方針

 現在までの経験から、1枚の原画’制作には、ほぼ1日を要する。1ヶ月に1 名分を制作するのがやっとである。費用がかかること、コンピュータでの色調整 に、特別な技術のある人手が必要なことが、目下の悩みである。しかし貴重な原 画の保存と公開のためにも、原画’が増加していけば必ず貴重なアーカイブとな ることを信じて努力を続けたい。

 「原画’」という言葉は、現在多くの漫画家が使用するようになってきている。 それは望むところではあるが、そのクオリティに関しては、どの程度であるべき かをどこかで規定すべきであるとも考える。今までやって来て思うところを述べ れば、「原画に如何に近いか」を基準としたい。近ければ近いほど、原画’の語 る情報量は大きい。そのこと自体を最も大切な事であると定めて、今後も収集を 続ける所存である。

京都精華大学マンガ文化研究所研究員 竹宮惠子 (2002年 記)



2006年度~

2006年度
「原画’(ダッシュ)展 少女漫画の世界PARTⅣ」

日 時:8月26日(土)~9月4日(月)
場 所:新宿紀伊國屋画廊
展示作家:あすなひろし、高橋真琴、竹宮惠子
入場者:のべ1,008名
主 催:京都精華大学 表現研究機構

2007年度
「原画’(ダッシュ)展 少女漫画の世界PARTⅤ」

日 時:9月8日(土)~9月17日(月)
場 所:新宿紀伊國屋画廊
展示作家:わたなべまさこ、今村洋子、巴里夫、北島洋子、竹宮惠子
入場者:のべ706名
主 催:京都国際マンガミュージアム

2008年度
「昭和の少女漫画展」

日 時:4月3日(木)~8日(火)
場 所:近鉄百貨店 生駒店4階 催会場
展示作家:今村洋子、北島洋子、高橋真琴、巴里夫、水野英子
◆近鉄百貨店生駒店リフレッシュグランドオープン記念「昭和の少女漫画展」にて原画ダッシュ作品を展示。 (協力:京都国際マンガミュージアム ほか)

原画'(ダッシュ)展示シリーズ
竹宮惠子 幻の紙芝居「千夜一夜物語」展

日 時:8月23日(土)~9月1日(月)
場 所:新宿紀伊國屋画廊
展示作家:竹宮惠子
入場者数:のべ560名
主催:京都国際マンガミュージアム
協力:大澤由喜(企画工学研究所ロジック代表)
展示内容:竹宮惠子の紙芝居作品『千夜一夜物語』の原画'(ダッシュ) 計18点
寺山修司の千一夜アラビアンナイト展 関連資料
<巡回>
日 時:10月23日(木)~11月9日(日)
場所:京都国際マンガミュージアム 2階 ギャラリー4