戦前・戦後関西マンガ界を支えたマンガ家師弟を紹介する展覧会
小寺鳩甫と酒井七馬~『大阪パック』から「新寶島」まで~
好評につき、11/8までのところ11/13まで会期延長
※展示内容は一部変更となります
京都国際マンガミュージアムではこの度、戦前・戦後にかけ、関西のマンガ界を支えたマンガ家・小寺鳩甫(1889~1962)とその弟子・酒井七馬(1905~1969)を紹介する企画展「小寺鳩甫と酒井七馬~『大阪パック』から「新寶島」まで~」を、下記の通り開催します。
本展では、二人のマンガ家の仕事を紹介しつつ、大阪-関西がマンガ史の中で果たした大きな役割について知っていただきます。
大阪府立中央図書館国際児童文学館と国際マンガ研究センター/京都国際マンガミュージアムが共同で企画し、2015年度に大阪府立中央図書館で開催された「関西マンガ界の伝説 酒井七馬とその時代」展をベースに、最近発見された鳩甫の資料を加えた展示として再構成された展覧会となっています。
兵庫県伊丹市在住だった鳩甫は、大正末以降、マンガ史において重要な位置を占めているマンガジャーナル誌『大阪パック』の主筆マンガ家として、関西を中心に活動します。その弟子である七馬は、鳩甫にマンガの手ほどきを受け、子ども向けマンガや紙芝居など、大阪を中心に様々なメディアで活躍しました。戦後には、その後のストーリーマンガに大きな影響を与える手塚治虫「新寶島」の原作を手がけたことでも知られています。
本展では、ふたりの足跡を、当時の貴重な資料と展示しつつ、解説していきます。
出展品(一部)
1889(明治22)年~1962(昭和37)年。大阪市生まれ。16歳から南画の辻村秋峰に師事するが、のちにマンガの世界に。秋峰が朝日新聞大阪本社の学芸部長を務めていたことから、『週刊朝日』や『コドモアサヒ』に生活マンガなどを発表。明治39年に発行され、昭和25年まで続いた長寿マンガ誌『大阪パック』では、時事問題や風俗世相をマンガで描いた「漫画入り川柳」を担当。大正14年~昭和13年には同誌の主筆として、一人ですべての絵を描いた。子どもマンガや紙芝居(「熱田十茶」名義)の作家としても活躍。兵庫県伊丹市に居をかまえ、終の棲家とした。
1905(明治38)年~1969(昭和44)年。大阪市生まれ。大正時代後半、『大阪パック』を編集していた鳩甫に師事し、諷刺マンガ家として世に出た後、揺籃期のアニメーション映画界で活躍。1947年、大阪で、若き手塚治虫との合作「新寶島」を出版。藤子不二雄や石丿森章太郎はじめ、後に日本のマンガ界をリードしていくことになるマンガ家たちに多大な影響を与えた。出版会の中心が東京に移った後も大阪にとどまり、マンガと紙芝居の世界で活躍しつつ、在阪マンガ家のための組織づくりや後進の育成に熱心に関わった。
※スケジュール・内容については変更の可能性があります。予めご了承ください。