本日開館

《紙芝居》2月 実演者スケジュール

。・:*:・゚★,。・:*:・゚☆紙芝居・2月口演・:*:・゚★,。・:*:・゚☆
1 日(土) はるる
2 日(日) だんまる 
3 日(月) はるる
4 日(火) だんまる 
6 日(木) らっきょむ
7 日(金) だんまる
8 日(土) らっきょむ
9 日(日) らっきょむ
10 日(月) だんまる
11 日(火) はるる  
13 日(木) らっきょむ
14 日(金) らっきょむ
15 日(土) はるる  
16 日(日) らっきょむ
22 日(土)だんまる 
23 日(日)らっきょむ
24 日(月)だんまる 
25 日(火)はるる
27 日(木)だんまる
28 日(金)はるる  
紙芝居のヤッサンは、「見世語り紙芝居」の世界を拓いた。
街頭紙芝居(自転車の紙芝居)の伝統を受け継ぎながら、「見世語り」という独自の領域を拓いた。

ヤッサンが紙芝居をはじめたのは、1972年(昭和42年)。
世間で紙芝居といえば、保育園や幼稚園で、あるいは図書館で、ボランティアさんが読んでくれる「読み聞かせ」が主流。ギャラを払って紙芝居を見るとは考えない。なので、圧倒的に面白くないとお金は取れないのだ(はるるが紙芝居をはじめた頃でも、「えっ、紙芝居って、ボランティアじゃないんですか?」と言われて、えっ、ギャラなしで招ぶつもり!と腹立たしかった)。

しかし、ボランティアでは困るのだ。
紙芝居専業のヤッサンには、女房と4人の子どもがいる。暮らしがかかっているヤッサンは、紙芝居をお金に変えようと智恵をしぼる。それが、独自の「見世語り紙芝居」の世界を拓かせることになったのかと思う。そもそもが、大風呂敷にアイディアと算段を詰めた人。お客の心をつかむには、客に、払ったお金が惜しくないと思ってもらうには?と、日夜考えをめぐらしたに違いない。

(話はそれるが、息子である2代目座長だんまるに聞いたこと。ヤッサンがその日の仕事から帰ってくると、ジャラジャラとちゃぶ台のうえに、5円玉、10円玉、100円玉を積み上げる。小銭の山を見て、ほう、うちは金持ちと思ったそうな)。

「読み聞かせ紙芝居」に馴染んだ方でも、ヤッサン一座の紙芝居を一度でもご覧になると、あまりの違いに、「おもしろい!」と驚かれる。そもそも「読み聞かせ」では、紙芝居を「読む」といい、読み手から聞き手への一方通行となる。一座では「読む」とは決して言わない。語るだ、そして見る。お客さんを巻き込む、お客さんといっしょに紙芝居空間をつくる、そしていっしょに笑う。それが、「見世語り紙芝居」の真骨頂!

「見世語り紙芝居」を、文字面では説明しにくいのだけれど、お客さんの顔を見、表情を読み取り、お客さんと言葉のキャッチボールをして、とでも言おうか。

今でこそ、紙芝居に参入してくる若い人もそこそこいるが、当時、ヤッサンが全国でも数少ない専業紙芝居師として、紙芝居を子どもだけでなく、年齢を越えて愉しめるサブカルチャーへと高めた裏には、紙芝居への誇りと、客をタダでは返さないという自負があったに違いない。ヤッサンは、弟子にボランティアを禁じた。そんなことやってたら、いつまでたっても紙芝居屋の社会的地位はあがらないと。そして教えた。「ギャラをさげるな、腕をあげろ」と。

カ~ン、カ~ン、カ~ン、紙芝居がはじまるぞ~!
子どもも大人も大好きな自転車の紙芝居!
今日も、一座は、ここ京都国際マンがミュージアムの紙芝居小屋で、声を張る。

皆さま、お近くにお越しの折は、ぜひとも京都国際マンガミュージアムにお立ち寄りください。紙芝居小屋でお待ちしておりま~す!
=はるる=